どうして自分の喪失の正体がわからないのか
「否認」「孤立」「硬直性」「シェイム」の4つが原因
●「否認」について
否認は防衛のメカニズムで、心の痛みから自分を守るための自然な反応
そのことへの感情を大したものではないかのように扱ったり、切り捨てたり、理屈をつけたりする
否認の元で育つということは、「話すな」「感じるな」「信頼するな」というルールを教え込まれること
私たちは子ども時代に、本当のことを口にするのはまずいと学び、
実際とは違うふりをすることを身につけたのです
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私が素直になれないのは、否認の元に育ったからかな
家でのごちゃごちゃ(両親の不仲)や、母の入っていた新興宗教の事は言っちゃいけないことだった
親が離婚してからは、母が夜の仕事をしていること、キチガイみたいな行動をとることは
誰にも言えなかったな。。。
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●「孤立」について
孤立の中で生きるのを身につけてしまったのは、本当のことを話せなかったため
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私には同じ思いを共有する妹がいたので、家庭内で孤立することはなかったけど
世間一般と自分たちは違うんだ、という思いがあったので、世の中からの孤立はあった
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●「硬直性」について
厳しすぎる家庭では、親たちはしばしば独善的で硬直的な考え方をします
権威に歯向かうことは決して許されず、子どもは親の意見や考えに黙って従わされているだけ
家庭での決まりごとも、子どもに課せられる役目も正当性を欠いていて、
親は子どもにあまりに非現実的な期待をします
子どもが健康に育つためには、「ほどほどの秩序」と「ほどほどのいい加減さ」が必要
硬直したルールのもとでは、自分なりの価値観を育てることも難しくなります
そこには「質問するな」「考えるな」のルールがある
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うちはこれが強いですね
厳しすぎる、というより、母親の考えが狭すぎでそれこそ「硬直」していて
「こうでなければならない」が強くあったように思います
しかもそれが、どう考えても理に適ってないことばかりで。。。
例えば3歳ころから大人と同じ大きい茶碗にてんこ盛りにご飯をつけられ
おかずもこれだけ全部食べなきゃいけない、という量が決まっていて
それが絶対無理って量なのに、食べないと発狂される
母は「どうせ、私の作ったごはんが不味いんでしょ!」「もう二度と作ってやらん!」と叫び
食器ごとゴミ袋に投げ捨て、炊飯器や鍋がこっちに向かって飛んできたり。。。
テストで100点を取っても褒められることはなく、逆にけなされる
「どうせあんたは頭いいで、私のことバカにするんでしょ?」と言われる
だんだん私はテストを見せなくなったけど、母は私のテストには全く関心が無く
見せてと言われる事は無かった
一番の硬直性は、私の進路、職業、趣味に至るまでを決められていたことだ
自分の好きな髪型にしたことがない。好きな服を着たことが無い
好きな食べ物を好きと言った事が無い。どれも許されなかった
母は音楽が好きで、私にピアノをやらせた。そして貧乏な家の為に
学校の音楽教師になることを幼稚園の頃から決められていた
それに歯向かったら母が発狂するため、私は反抗することもできず、ある意味洗脳されて
母の入りたかった高校の音楽科に入り、国立の教育大に入らされ
教員採用試験を死に物狂いで受かり、受かったらいきなり家を買ってローンを払わされ。。。
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●「シェイム」(自己否定感・恥辱感)について
シェイムとは、じぶんはもともとどこか間違っているんだと信じ込んでしまう、痛みに満ちた感情
自分が一人ぼっちで、人とは違っていて、愛される価値がないと信じこんでしまう
そして心の中で、自分が悪いんだと思っています
そこには親から拒絶された体験がある
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これはさっき書いた「硬直性」と共通することがあるけど
例えばうちの場合だと、母親が変な新興宗教に入っていて
「病気はありがたい、医者や薬は毒だからダメ」ということで
病気になっても医者に連れて行ってもらうことはおろか、看病さえしてもらったことがない
薬も就職してから「自己管理も職務のうち!」と主任に怒られて
初めて自分で病院に行き、おっかなびっくり飲んだ、というくらい洗脳されてた
高校入試の帰り道、お金もくれなくてバスにも乗れず、
車があるにもかかわらず迎えに来てくれなかった
私は6時間かけて歩いて家まで帰った
自分の意思やしたいことを表に出す事は悪いことだと思っていた
ずっと母のいいなりだった
普通なら反抗できたかもしれない
でも言うことを聞かないと母は精神病で泣き叫び
そんな母でもとても愛していたので、自分が我慢すればいいんだと思い込んでいた
そしていつの間にか、我慢してることさえ気付かなくなっていた
反抗できる子が羨ましかった、私にはそれさえ許されなかったのだから
おとなになってから我慢してる事に気付いてうつ病になったけど
母が生きてる間は病院に行くこともできなかった
母に心配をかけさせたくなかったし
私がうつ病だと分かれば、母は自分を責めて更に苦しむ事になり
それが=私の苦しみでもあったから
自分でうつ病だとは自覚していたけど、我慢するしかなかった
母が死んで、やっと病院に行けた
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